2012年4月30日月曜日
2012年4月29日日曜日
てみ(手箕)とブルーシートを買う
草刈り屑を捨てるためにコメリでテミとブルーシートを買う。ゴミはちりとりで集めてゴミ袋に入れるというのはトカイモンのやること。イナカではそんな手間の掛かることはしない。一間(1.8メートル)四方のブルーシートを地面に敷き、そこに剪定屑を掃き込むのである。細かい残り物を拾い集めるにはテミを使う。屑が山となって集まるとブルーシートの四隅を一つに巾着結びにしてサンタクロースのように肩に掛けて引っ張って行くのだ。
ところでテミだが、何やらハイカラな名前だが本来どういう字なのかご存じなりしや。「手箕」と書く。以下ご参考まで:
ところでテミだが、何やらハイカラな名前だが本来どういう字なのかご存じなりしや。「手箕」と書く。以下ご参考まで:
箕 - Wikipedia: 箕(み、みの)とは、農作業で使う手作業用道具。手箕(てみ)ともいう。箕(み、みの)とは、農作業で使う手作業用道具。手箕(てみ)ともいう。箕は、収穫物の採り入れや、運搬、穀物の選別など様々な用途で古くから用いられてきた道具である。 農作業に応じて、適当な大きさ・形状のものを選択することになる。 選別には適量の材料を入れた箕をあおるようにして内容を放り上げ再び箕で受けることを繰り返すことにより、自然の風や箕自体が起こす風によって軽い夾雑物を 除外し、重い穀物だけを箕に残すように使う。かつて日本の農村では箕による選別は農家の主婦の重要な仕事であった。 素材としては加工性に富む竹や木の皮(経木)がよく利用されてきたが、近年では石油を原料とするプラスチック製の箕が一般的である。金属製のものもある。プラスチック製の箕は軽量かつ丈夫であり、安価であるという理由から、現在ではこれが多く普及している。今日に至っては、箕が塵取りの代わりとして利用されていることもある。この場合、箕はプラスチック製・金属製であることが望まれる。
2012年4月28日土曜日
「草を刈る人」になる!
玉村豊男はイナカ生活に憧れる都会人がやってくると草刈り機を渡して草を刈らせるそうだ。タダで使える「作男(作女)」と悦にいられているが、おいらの主義に反するし、第一そんな人はやってこないので、自分で草を刈る。
エンジンが掛からない。何遍もヒモを引っ張るうちにキャブがガソリンで濡れてしまう。点火プラグを抜いて乾かす。たまに混合燃料の草刈り機を使うとこうだから困る。メンテが簡単なプロパンカセットで動く草刈り機にすればよかった。
ようやく起動。ガソリンがなくなるまで頑張ったがまだ終わらない。剪定屑も捨てに行かねばならないし、嗚呼、たいへん。きょうのお仕事:
エンジンが掛からない。何遍もヒモを引っ張るうちにキャブがガソリンで濡れてしまう。点火プラグを抜いて乾かす。たまに混合燃料の草刈り機を使うとこうだから困る。メンテが簡単なプロパンカセットで動く草刈り機にすればよかった。
ようやく起動。ガソリンがなくなるまで頑張ったがまだ終わらない。剪定屑も捨てに行かねばならないし、嗚呼、たいへん。きょうのお仕事:
日本の大陸棚が拡張される
こんな動きがあったのだ。凄い面積。竹島とか尖閣なんかとは桁が違うじゃない。よかったよかった。
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日本の大陸棚拡張、国連が認定 沖ノ鳥島周辺など http://t.co/ocU2EUHh
http://twitter.com/#!/nikkeionline/status/195973228785713153
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2012年4月27日金曜日
新東名を通って伊豆半島に
今まで東名沼津ICから伊豆縦貫道に入っていたが、新東名が御殿場から開通している。さっそく走ってみた。
御殿場で新東名に乗り換え長泉沼津ICで伊豆縦貫道に入る。長泉・沼津間がダブルで節約出来たことで、だいぶ短くなった感じ。新しい道路はやっぱり快適。
伊豆半島に入ると雨も止んで晴れてきた。実に美しい自然のままの海岸線。これはもう国際水準をはるかに越える。
西伊豆は観光開発が進んでいないので、寂しいぐらい静か。おかげで落ち着く。日本列島至るところで観光客呼び込みのための「村おこし」が盛んだが、その結果日本中がガサガサした感じになってしまった。西伊豆海岸の自然状態での保全は意図したものかどうかは知らないけれど、長期的にはこれが成功に繋がるのじゃないか。こういう海岸線はもう日本には残っていない。
御殿場で新東名に乗り換え長泉沼津ICで伊豆縦貫道に入る。長泉・沼津間がダブルで節約出来たことで、だいぶ短くなった感じ。新しい道路はやっぱり快適。
伊豆半島に入ると雨も止んで晴れてきた。実に美しい自然のままの海岸線。これはもう国際水準をはるかに越える。
西伊豆は観光開発が進んでいないので、寂しいぐらい静か。おかげで落ち着く。日本列島至るところで観光客呼び込みのための「村おこし」が盛んだが、その結果日本中がガサガサした感じになってしまった。西伊豆海岸の自然状態での保全は意図したものかどうかは知らないけれど、長期的にはこれが成功に繋がるのじゃないか。こういう海岸線はもう日本には残っていない。
2012年4月25日水曜日
2012年1月17日火曜日
山奥のコーヒー豆屋「間菜舎」
Google: マニア向けの一風変わったコーヒー豆を売っている。松崎町の喫茶店「侘助」でも使用されている豆。山の中にあるので、行くには軽4駆が必要。おいらマニアじゃないから普通のコーヒーメーカーで淹れたけど、おいしかった。みんな通販で買うらしい。
間菜舎 - Google マップ
〒410-3614 静岡県賀茂郡松崎町岩科南側594−5
0558-43-0667
2012年1月14日土曜日
2012年1月13日金曜日
2012年1月12日木曜日
2011年12月14日水曜日
2011年12月11日日曜日
2011年12月10日土曜日
2011年7月30日土曜日
「彫刻ライン」の彫刻の作家は?
松崎町の海沿いの国道は普通「彫刻ライン」と呼ばれているが、正式には「富士見彫刻ライン」という。松崎町の説明では:
今朝たまたまこんなページを見つけた(ここ)。彫刻それぞれの写真と作者の名前が掲載されている。書かれている名前を Google で検索するといろいろわかる。
静岡県 伊豆 松崎町役場ホームページ : "国道136号線・道部~岩地区間の沿道に、彫刻21体が立ち並んでおり、人目をひく。かねてから、これらの彫刻を誰が作ったんだろうと気になっていた。でも松崎町のホームページにも記載がなかった。
これは地元彫刻家の作品を野外展示したもので、美しい海越しに富士山も眺められ、ドライバーもちょっとクルマを停めたくなる西海岸の代表的名所。"
今朝たまたまこんなページを見つけた(ここ)。彫刻それぞれの写真と作者の名前が掲載されている。書かれている名前を Google で検索するといろいろわかる。
2011年7月5日火曜日
下田「みのり川」:和風居酒屋風だが昼には本物のスペイン料理が食える!
下田でスペイン料理を堪能出来ることを発見。畳席があったり、天井から提灯がぶら下がっていたり、大きなヒラマサの魚拓があったりして、完全に和風居酒屋風の調度であるが、昼に出されるのは本物のスペイン料理。下田という街はこれだから面白い。場所:
蛇足(でも重要):サービスをされている女性は、若いけれどとてもすてきな人。どうもシェフの奥さんみたいだけれど、そうでなければ息子のお嫁さんに来てほしいタイプだった。一人で食っていた高齢者の男性がマダムの気配りにいたく感激していた。
みのり川駐車場が小さいが電話すると別の場所に誘導してくれる。夜は親父さんが居酒屋をやっているが、昼だけ息子さんがスペイン料理を出すようだ。おいしかったです。
蛇足(でも重要):サービスをされている女性は、若いけれどとてもすてきな人。どうもシェフの奥さんみたいだけれど、そうでなければ息子のお嫁さんに来てほしいタイプだった。一人で食っていた高齢者の男性がマダムの気配りにいたく感激していた。
2011年7月4日月曜日
伊豆こそ「海事都市」にならないものか?
商船三井会長の芦田昭充氏が日経「あすへの話題」でこのようなことをおっしゃってる:
「観光」や「ご当地グルメ」もいいけれど、こういった視点から地域興しを考えるのも、勇ましくていいな。
日本一の海事都市 商船三井会長 芦田昭充:日本経済新聞: "今治は付近の市町村との合併とともに今治海事都市構想を打ち出した。同じようなことが伊豆でも言えるのではないか。日本で最初に洋式帆船を建造したのは戸田の船大工だし、伊豆の水軍も村上水軍と同じく高い操船技術を持っていた。船舶関連の産業もたくさん存在した。過去の日本の沿岸航海における下田港の重要性はいうに及ばず、いまだに下田港は東西ヨットの交流地点として圧倒的な存在感を持っている。松崎の岡村造船所は日本で使われるカッターをほぼ独占的に建造している。東北で被災した海上保安庁の巡視船ははるばる安良里までやって来て補修中だ(安良里のヤードはそれだけ競争力があるのだろう)。
ここを拠点とする造船業で日本の30%を超える船舶が建造され、今治船主は外航、内航とも日本一で、外航では日本商船隊の約3割を保有している。今治は日本最大の海事都市である。
昔から今治周辺は日本海運の中心であり、中世には村上水軍の拠点の一つであった。村上水軍は一般には海賊といわれるが、日本一の高い操船技術を持っていたことは間違いなく、それを支える造船技術が地元にあったということだろう。
今治の取り組みがさらに成功し、地域活性化の一つのモデルケースになるよう願っている。"
「観光」や「ご当地グルメ」もいいけれど、こういった視点から地域興しを考えるのも、勇ましくていいな。
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